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壁に手をついたまま、シャワーのコックを捻る。頭上から降って来た冷たい水はすぐに温かい湯に変わった。
あれから、直ぐ側だと言うアキラの家に連れてこられた。単身者向けの小さな古い2階建てアパートで、ちょうど俺の家とユキん家の中間地点にある。
あまりの近さと、外観の古さにに驚いたが、それよりもっと驚いたのは部屋の荒れ具合だ。まず、玄関を開けた瞬間からたばこの匂いがした。
換気をしていないのか何処となく空気が淀んでいる。2階の南向きの角部屋で、窓もベランダを含め2つあるから、おそらく昼間は明るいのだろう。
壁が薄いのか隣人のTVから漏れ出る音が筒抜けだし、ワンルームにしてももっと良いところがあっただろうと思わずにはいられない。
トイレと洗面、風呂がちゃんと付いているのが不幸中の幸いと言ったところだろうか。 今時こんな条件の悪いアパートが存在していることに驚きを隠せない。
あまりの衝撃に固まっているとシャワーを浴びるよう促された。着替えや上着、未開封の下着を渡され浴室に押し込められる。本日二度目の風呂になんだかデジャブを感じてユキの家でのことが思い起こされてまた、泣けてきてしまった。
これ以上、泣いていても仕方がないと頭ではわかっているのに涙腺が馬鹿になってしまったのか涙がとめどなく溢れてくる。
本当に今日は色々なことがありすぎた。アキラの事、ユキの事――――。
色々とありすぎて感情の処理が追い付いていない。
特にユキは……。ユキはなぜあんな事を?
思い返せば、ユキはよくアキラに食って掛かっていた。元々ああいうタイプとは相容れない性格だから嫌いなのかと思っていたけど、もしかしたら最初からずっと俺との関係を疑っていたのかもしれない。
そこに今回の件で俺がアキラの事を庇うような発言をしたからきっとユキは怒ったんだ。
だからと言って、あんなことが許されるはずはないんだけれど。
ユキとは元に戻れないのかな……。それは、嫌だ。だけど、何もなかったことには出来ない。
それに、アキラ。 もし、ユキの予想が正解なら今こうして親切にしてくれるのも亡くなった婚約者の身代わりだと感じているから? もし、そうだとしたら今の心理状態じゃとても耐えられそうにない。
出来れば、違う人だと思いたい――。
だけど、悪い事って重なるものだ。 風呂から上がり貸してもらった洋服に着替えると、アキラの姿が何処にもなかった。
薄暗い部屋に、隣から聞こえてくるTVの音と洗濯機を回す機械音だけが響いていて、主の居なくなった部屋は妙に静かでどこか寂しい感じがする。
改めて、ぐるりと部屋の中を見渡してみた。 正直言って汚い。
本人は身奇麗にしてたから、てっきり部屋もそうなのかなぁって勝手に思ってたけど予想を見事に裏切る汚さ。
ビールや弁当、ラーメンの空はそこら中に散らばっているし、捨て忘れたのか袋に入れっぱなしのゴミ袋がいくつかキッチンに置いてあるし、ベッドの横には教科書や雑誌が一緒になって積み上げられてて今にも崩れそうだ。
俺もかなりの面倒くさがりで部屋の片付けは苦手だけど、流石にここまでは無い。
片付けてくれる彼女とか居ないんだな。と、確実にわかるレベルで驚きすぎて涙も引っ込んだ。
やっぱり、ユキの予想は外れてるんだ。そう自分に言い聞かせ、ホッとしたのも束の間。ふと、テレビの横に飾ってある写真立てが目に付いた。
見覚えのある雪山とスキーウエア。そこに写っているのはアキラと女装した……俺?
その写真を見て一気に血の気が引いていくのが分かった。これは、さっきユキの家で見せて貰ったのと同じ――。
「その写真に触るなっ!」
「わっ!?」
いきなり背後から手が伸びて、写真立てが視界から消える。
振り返ると、コンビニ袋を手にぶら下げたアキラが大事そうに写真立てを握り締めて立っていた。
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