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あぁ、そうだったんだ……。
予想は、していた。
けれど実際に写真立てを抱え込む姿を目の当たりにした時、背筋に冷たいものが走った。
出来れば違っていてほしいと願っていたのに。頭の中がグラグラして眩暈がする。
いっそこの場から逃げ出したい気分だ。だけど、それじゃ何の解決にもならない。ただ、今よりもっと自分が苦しくなるだけだ。
「……その人、遥香さんって言うんだろ?」
まだるっこしいやり取りが嫌で単刀直入に切り込んだ。どんな反応が返って来るかは容易に想像が付いたけど、それでも違うと言ってほしかった。
けど、そんな淡い期待は一瞬で崩れ去る。驚きに満ちた表情が、アキラの心情を雄弁に物語っている。
「な、なんで……」
「元婚約者なんだって? 自分で言うのもなんだけど、女装した俺にそっくり過ぎて最初見た時は驚いたよ」
自分でもびっくりするくらい腹の底から暗い声が出た。いつも澄ましてるアキラが目を見開きどういうことかと戸惑いの表情を浮かべている。
そりゃそうだろう。俺が何も知らないと思ってたんだろうから。
「とある人が教えてくれたんだ。まぁ、と言っても、俺も又聞きになるんだけど」
そのせいで、俺は今日親友だと思ってたユキと別れなきゃいけなくなったんだけどな!
全ての原因がアキラにあるのだと思ったら、なんだか無性に腹が立ってきた。
そうだよ、そもそもアキラが俺に接触してこなければユキとは今も親友で居られたのに。
「誰から聞いた? とか野暮な事言うなよ? 教えるつもりなんてないし」
「いや、それは言わないけど」
「俺、ずっと不思議だったんだ。どうしてアンタは俺ばっか構うんだろうって……。今日、やっとわかったよ。俺はずっと、遥香さんの身代わりだったんだろ?」
「はぁ?」
アキラは眉を顰め間の抜けた声を上げた。何を言い出すんだと言わんばかりの顔にイライラが募る。
「身代わりって、何を言いだすんだ急に」
「違うっていうのなら、なんなんだよ。ただの暇つぶし? 遥香さんそっくりな顔があれば誰でもよかったんだろ。幸い、俺は男だから面倒くさい駆け引きも必要ないし」
言いながら、だんだん自分が惨めに思えてきた。目頭が熱くなり、鼻の奥がツンと痛い。けど、ここで泣くわけにはいかない。
唇をグッと噛みしめ拳を強く握りしめる。
「おいおい、誰でもよかったとかそんな事――」
「事実だろ。たまたまアプリで寂しさを紛らわす相手を探してたら思いがけず遥香さんそっくりな俺が目についた。アンタはラッキーだと思ったはずだ」
「違う! おれはハルを身代わりだとか、そんな風に思ったことは無い!」
「じゃぁなに? 身代わりじゃないなら、なんで初対面であんな事したんだ! あの日だけじゃない、俺にセクハラまがいな事たくさんしたくせに!」
「それは――っ」
アキラがグッと言葉に詰まる。ほらみろ、答えられないじゃないか。
「アンタに好き勝手されて、感情を乱される俺の身になったことあるか?」
「いや……」
「アンタの言動や行動に振り回されて一喜一憂して、思わせぶりな態度にドキドキさせられて……そんな俺を見てアンタ何も感じなかったのかよ。遥香さんの事、もう死んでるからバレないって思ってた? もしバレても俺は都合よく遊べるおもちゃみたいなもんだから飽きたらポイって?」
ぐちゃぐちゃの感情のまま一気に捲し立て、段々自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。自分を卑下するような言い方はしたくなかったけれど、事実なのだから仕方がない。
「ちょ、ちょっと待て! ハル! おれはお前の事そんな風には――」
「俺は”ハル”じゃない!」
ぴしゃりと言い放つとアキラがハッと息を呑んだ。これ以上話を続けていたら自分がどんどん惨めになって、言いたくないことまで口走ってしまいそうだ。
「もう、いい。帰る!」
まだ何か言いたげなアキラを押しのけ、玄関へと向かった。
これ以上ここに居たら感情のコントロールが利かなくなる。きっとわけも解らず喚いて泣いてしまう。
アキラにこれ以上みっともない姿を晒したくなかった。
ドアを開けると相変わらずの激しい雨。それに加えてさっきよりグッと気温が下がってきている。
部屋を飛び出しそうになった俺の腕をアキラがグッと掴む。
「離せっ!」
「……わかってる。ごめん……今は何を言っても信じてもらえないと思うから……。帰るならせめて傘、使って」
「……ッ」
ぐいっと傘を押し付けられて、正直戸惑った。だけど、背に腹は代えられない。まだ何か言いたげなそぶりを見せるアキラからひったくるように傘を受け取り挨拶もそこそこにアパートを後にした。
胸がナイフで抉られたように痛んだ。足が鉛のように重たくて、足元が覚束ない。
家にたどり着くまでの距離が異様に長く感じた。
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