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「熱、下がってたんだな」
静かな室内に増田センセのよく通る声が響く。さっき、母に仮病を使っていたことを暴露されたので嘘を吐くことも出来ず、ベッドに腰掛けたまま俺はこくりと頷いた。
「別に、説教しにきたわけじゃないから、そんな畏まるなよ。オレ、堅苦しいの苦手なの知ってるだろ?」
センセは困ったようにそう言って、俺の隣に移動してきた。重みでベッドがギシリと軋む。
「とりあえずさ、学校来いよ。和樹が心配してたぞ」
渡瀬が来ないと、毎日アイツ五月蠅いんだよ。と、付け加えられて学校での和樹の様子が自然に想像できた。
そう言えば、和樹から何件かLINEが来ていた。電話も何回もあったのに誰とも話す気力が無くて、既読無視してしまっていた。それで、余計に和樹の不安を煽ったのかもしれない。
そう言えば、ユキは? ユキはちゃんと学校に行っているのだろうか?
ふと、気になった。
でも、ユキん家のおばちゃん達はそう言うことに厳しいから、熱でも出さない限りはきっと学校に行けと言うはずだ。
ユキも真面目だからサボるなんてことは恐らくないだろう。
ユキに会うのは気まずいし、会うのは正直怖い。
だけど、ずっとこのままってわけにも行かないよな。
「わかった。 明日は、ちゃんと行くから」
「そうか! よかった。……アイツもきっと喜ぶよ」
センセは心底ホッとしたような顔をして立ち上がる。帰るのかな? なんて思っていたけど、どうやら違ったらしい。
うーんと伸びを一つして、机に備え付けてある椅子に座りなおすと、さっき母さんが持ってきてくれたお茶に口を付けふぅ、と一息ついた。
なんだよ、まだ何かあるのか?
不思議に思っていると、増田センセが僅かに声のトーンを落として言った。
「まぁ、先生らしい話はこの辺にして……っと。今日オレがここに来たのはもう一つ理由があるんだ」
実は、こっちがメイン。と言わんばかりの神妙な面持ちで切り出す姿に、あまりいい話では無いんだと何となく察した。慌てて俺もベッドの上で姿勢を正す。
「実は、渡瀬に懺悔したいことがあって……リアコイってアプリ知ってるだろ? アレにアキラを登録したの、実はオレなんだ」
「……はい?」
思わず、間の抜けたような声が出た。 懺悔?
いやいや、その前にアプリって……。
ツッコミどころが多すぎてもはや何処から突っ込んでいいのかわからない。
まさか、この状況でセンセの口からリアコイの単語が出るなんて思ってもみなかったから、寝耳に水もいいところ。
なんで今、そんな暴露話が始まったんだと困惑する俺を他所に増田センセの懺悔? は続く。
「もう知ってると思うからぶっちゃけるけど、遥香君が亡くなってからアキラはずっと塞ぎこんでて……廃人みたいだった。オレ、見てらんなくて……それで、少しでも気がまぎれればと思って勝手にリアコイに登録したんだ」
「……」
「そしたらさ、ハルって名前が目に付いて。なんとなくメッセージのやり取りをしてたんだけど、送られてきた写真を見た瞬間、これだ!って思った。だから、アキラの意見も聞かずに勝手にアプローチして――」
「ちょ、ちょっと待って! じゃぁ、あの時やり取りしてたのってアキラじゃなかったって事?」
「まぁ、そうなるな」
しれっと肯定されて眩暈がした。アプリで女探しする必要がないくらいのイケメンがなんで登録してるんだ! って思ってけど、背後に増田センセが隠れてたなんて!
まぁ俺も、実際にやり取りしてたのは和樹だったし人の事なんて言えないけども。
けど、アキラは遥香さんを失った喪失感を紛らわす為に俺と会ったって事は、結局のところ俺はやっぱ遥香さんの身代わりだったって事だ。
「違うって、話は最後まで聞けよ」
俺の心の声が洩れていたんだろう。センセが、髪をクシャっとかきあげ、はぁ、と小さく息を吐く。
一体、何が違うって言うんだ。アキラが自分で登録してたわけじゃないし、引き合わせたのが増田センセってだけで、結局は一緒じゃないか。しかも、増田センセまでグルになってたんなら余計にタチが悪い。
「きっかけはそうだったかもしれないけどさ……アイツ、笑ってたんだ。遥香とは全然違ってた。けど、面白いヤツだったからまた会いたいって。流石に、男だって聞いた子時にはひっくり返るかと思ったけどな」
そう言って、センセは苦笑しながら茶を啜る。
「渡瀬を傷つけるつもりなんて、オレもアキラも全然なかったんだ。オレはただ、アキラに笑っていて欲しかった」
結果、俺を傷付けてしまった、申し訳ないことをしたと思っていると増田センセは真摯に頭を下げた。
「アキラは君の中に遙香の幻影を求めてないよ。だって、渡瀬とは正反対の娘だったから……」
だから、アキラのことも出来れば許してやってほしい。言いたいことをいうだけ言って、増田センセは帰って行った。
俺はどんな顔をしていいのかもわからず、ただ去っていく後ろ姿を見送ることしか出来なかった――。
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