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俺が寝込んでから約4日。久しぶりに外に出ると季節が一歩前進していて驚いた。数日前まで雪だがみぞれだかわからないような冷たい雨が降っていたのに、今日は寒さもだいぶ緩んでジャケットを脱いでもよさそうな位に暖かい。
ちらほらとほころんだ紅白の花から仄かな梅の香りが流れてくる。放課後、校舎裏にひっそりと咲いた2本の梅の木を眺めていると小さなメジロが羽を休めているのが見えた。
あと数週間もすれば校門の桜並木も春色に染まってゆくのだろう。
春の息吹を感じつつゆっくりと目を閉じる。
久しぶりの教室は相も変わらず賑やかだった。教室に入る前まではクラスメート達に冷たくあしらわれたらどうしようとか色んなことを考えていたのに、和樹が俺の姿を見るなり弾丸みたいに飛び込んできて泣きそうな顔で、「お帰り!」なんて言うもんだからすっかり毒気を抜かれてしまった。
俺の心配なんてどうやら杞憂だったみたいだ。 何も変わらない日常があんなにも嬉しいものだったなんて知らなかった。
ただ一つ、残念と言うかホッとしたのは……アキラが居なかったという事。
昨夜アキラのお父さんが急に体調を崩してたから今日は休みだと、増田センセが言っていた。
まぁ、きっと明日には会えるだろうし……。物凄く会いたいとかそんなんじゃないし。
「――拓海っ」
頬を撫でる爽やかな風に乗って、よく聞きなれた声がして振り返る。
「おせーよ。ユキ」
「……ごめん」
切れ長の瞳が今にも切なげに細められる。世間は春が来たと言うのにユキの表情は暗く、冴えない顔をしている。
なんだか、少し痩せたみたいだ。顔色もイマイチ良くないし、何より覇気がない。
「それは、何に対してのゴメン?」
「……っ」
びくり、と小さく肩が震え視線が落ちる。そんな表情をさせているのが俺だとわかっているから余計に胸が痛んだ。
「ごめん、ちょっと意地悪した。つーか、辛気臭い顔すんなよ。せっかくのイケメンが台無しだぞ?」
正直、会うのは怖かったし、言いたい事はたくさんあった。けど、今朝ユキの顔を見たらそんなの全部吹き飛んでしまった。
この間の事、心から後悔しているのが痛いほど伝わって来くる。
やっぱり、このままじゃいけない。俺達だって一歩前に進まないとダメなんだ。
「俺、ずっと考えてたんだけどさ……ユキの気持ちには、やっぱり答えられない」
ざぁ、と少し強めの風が吹いて枝にとまっていた小鳥たちが一斉に空へと羽ばたいてゆく。
「けど、ずっとこのままなんて嫌だし、今更、ユキと一緒にいられないとか無理だし」
「……」
「だからさ、もう一度……友達として仲良くしよう?」
「……えっ?」
そっと手を差し伸べたら、ユキが驚いたように顔を上げた。
「なんだよ、嫌なのか?」
「嫌じゃない! 嫌なわけないよ……。僕、てっきりもう二度と顔も見たくないから話しかけてくるな! って言われると、思ってたから……」
髪をくしゃっと掻き上げ、困惑したような泣き笑いの表情を浮かべて声を詰まらせる。
「ふはっ、なんだよその顔。イケメンがしちゃいけない顔してるてば」
「……仕方ないだろ……っ」
「あ、けど勘違いすんなよ? 今度また、あんなことしたら次は絶交するからな!」
目元を潤ませ、ユキは何度も頷いた。
「もうしない。絶対に……約束する」
「だから、泣くなってば」
「……泣いてないよ。花粉が飛んでるだけ」
「お前、花粉症だったっけ?」
そんな他愛もないやり取りをして、どちらかともなく笑みが零れた。またこうやって、一緒に笑えることが純粋に嬉しい。
「――あ! 拓海! こんなとこにいた……っ!」
和樹が向こうからパタパタと走って来るのが見えて、俺とユキは思わず顔を見合わせる。
騒々しいのはいつもの事だけど、ちょっと様子がおかしい。
「さっき、マッスーに聞いたんだけどさ……アキラセンセーこのまま戻って来ないかもって……」
「……えっ?」
息を切らしながら言われた言葉の意味が一瞬わからなかった。
「センセーのお父さんだいぶ悪いらしくて……田舎に籠もるから暫くは帰らないかもって言ってた」
言葉の意味を反芻し、眩暈がした。世界が一気に暗くなった。
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