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 あれから1か月が過ぎ、世間は春休みに突入していた。街には桜が満開に咲き誇り、TVでも連日花見の様子や新生活へ向けての特集が組まれたりしている。  アキラと最後に会ったのはあの雨の日が最後。部屋のクローゼットには今も返しそびれてしまったアキラの服が畳んで置いてある。  結局、アキラにとって俺は何だったんだろう? 増田センセはああ言ったけど、本当のところはわからずじまいだ。  アキラがもう学校に来ないと言われても、すぐには信じられなかった。悪い冗談だと思いたかったのに、次の日も、その次の日もアキラは姿を現さなくて……心にぽっかりと穴が開いたような喪失感が半端ない。  家に行ったら会えるかもしれないと思って訪ねてみたけれど、既に引っ越した後だったのか会うことはかなわなかった。  後で聞いた話では、俺が休んだ日には校長へ直接看病に徹したいと本人からの申し入れがあっていたそうだ。引継ぎとか色々な書類の整理とかで数日かかったけれど予定よりずっと早くに危篤状態になってそのまま。  こんな風に会えなくなるとわかっていたなら、あの時もっとちゃんとアキラの話を聞いておけばよかった。アキラの本心を聞くのは怖いけど、真実は増田センセからじゃなくてちゃんと本人の口から話して欲しい。まだ、自分の気持ちも伝えていないのに――。  ここ数日、よく眠れなくてアキラの服を抱いて寝ることが多くなった。サイドテーブルに置いてある香水を振りかけたらアキラに抱きしめられているような錯覚を起こして身体が熱くなる。自分でもどうすることも出来ない衝動に駆られてアキラとの行為を妄想しては自分を慰める日々。  もしかしたら、リアコイにアキラがいるんじゃないか? ディスプレイにアプリを表示させては登録画面とにらめっこして、結局やめる。何度か同じことを繰り返しては、そんな自分に嫌気がさして自己嫌悪に陥る。  そんな無限ループに疲れ果て、スマホを見るのもしんどくなって来た頃、和樹から1通のLINEが来た。 『たまには、一緒にカラオケにでも行かないか?』と。最初は断ろうかとも思ったけど、一人でいるよりは気分転換になっていいかもしれない。  和樹はきっと、気を遣って誘ってくれたんだろう。 (人がいっぱいいる……)  待ち合わせは、駅前の時計台の下。  地元の人間がよく使う集合場所だ。  流石に春休み中って事もあって、時計台周辺は大勢の若者達で賑わっていた。  あぁ、そう言えばアキラと会った時もこんな風だったな。ほんの数か月前の事なのに随分昔の事のように思えてくる。  あの時は女装してたし、胃が痛くてもう帰りたいって思っていたけど今はそれすら懐かしい。 「……ハル……?」  そうそう、あの時もこんな低い声が聞こえて、アキラが俺を見下ろしていたんだ……。 「えっ?」  聞きなれた懐かしいバリトンボイスに名を呼ばれ驚いて顔を上げた。  相手の顔を見た瞬間、息が止まりそうになった。 「な……っ、なんで?」 「それはこっちのセリフだ……」  目の前に、アキラが居た――――。

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