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 お互いにぽかんと口を開けて見つめ合っていると、尻のポケットに入れていたスマホが震えた。  和樹からだ。 『無事に再会できて良かったな』変なスタンプ付きの文字を見て、俺ははめられたのだとようやく気付く。  慌てて周囲を見渡すと、ビルの隙間からニヤニヤしながら俺達に手を振って来る和樹と、その横に増田センセの姿を確認。  どうやら俺達は二人とも故意に呼び出されたらしい。 「――たく、透のヤツ……」 「和樹の馬鹿……」  ほぼ同時に呟いて、ハッとして顔を上げ視線が絡んだ。何処となく気恥ずかしさを感じつつもこの状況が可笑しくてどちらかともなく失笑が洩れる。  話したいことは山のようにあるけれど、此処では人が多すぎる。何より、初めて会った時もそうだったが、アキラは人の目を惹く容姿をしているから嫌でも目立つ。  現に今も、あの人カッコイイね。なんて声が遠巻きに聞こえてきてなんとなく居心地が悪い。 「取り合えず……場所替えるか?」  そんな空気を察したのかアキラが困ったように頬を掻きながらそう尋ねてきた。俺はこくりと頷く。  健闘を祈る! とばかりに俺達を見守る視線に苦笑しつつ心の中で”ありがとう”と唱えた。   今度、お菓子でも買って行ってやろうかな。なんて考えながら少し前を歩き始めたアキラの後をついて歩く。ずっと会いたいと思っていたアキラがこんな近くにいる。ほんの少し手を伸ばせば触れられる距離にいることが信じられなくてなんだかふわふわする。  もしかして、夢でも見ているのだろうか? と、言う思いすら浮かんでくる。  歩きながら自分の頬をぎゅっと摘まんでみた。――当然のことだが痛い。 「……相変わらず、百面相やってんなぁ」  くくっと喉で笑う声がして、いきなり腕をひかれた。グッと距離が近くなり鼻腔を擽るアキラの香りにドキリとさせられ胸に熱いものが込み上げてくる。  どうしていいかわからず戸惑っているとするりと指先が触れ――。 「ちょっ、手……」 「繋ぎたそうにしてたから」 「は!? し、してねぇしッ!」  食って掛かった俺をアキラが柔らかい表情を浮かべて見ていた。 「お、俺が繋ぎたいんじゃなくてアンタが繋ぎたいだけだろ?」 「あぁ、そうだな。ホントは手だけじゃなくて今すぐに抱きしめて攫って行きたいくらいだ」 「……な……ッ」  なんとなく恥ずかしくなって反論したらまさかのトンデモ発言が返って来て面食らった。  俺のぽかんとした顔がよほど可笑しかったのか、アキラがクックックと肩を震わせながら笑う。  そうだった。コイツは人をからかうのが趣味みたいなヤツだった。  会ったらもっとギクシャクするかと思ったのに、以前のようなやり取りが出来ているのが意外だった。  それが何となく、嬉しいような……。 「……ほら、渡瀬。行くぞ」 「……え?……ぁあ、うん」  ほんの少し、切なそうな顔をして俺の名を呼ぶ。確かに、ハルと呼ぶなと言ったのは俺だ。  だけど、なんだろう。この違和感。 「渡瀬?」 「ご、ごめん。今行くっ」  スッと差し出された手を躊躇いがちに握る。アキラの手はほんの少し汗ばんでいてちょっと冷たかった。 「……確かに、場所かえようって、同意したけどさ……」 「なんだよ。不満なのか?」 「当然だ! だってここは――」  壁からごつごつとした岩が突き出している部屋は、まるで洞窟の中にいるような凝った作りになっている。  もちろん床は砂地ではなくそれっぽい色をした清潔な絨毯で、部屋の一角にはテレビや冷蔵庫があり、そしてなにより大きなクイーンサイズの丸いベッドが、ご丁寧にも貝殻を模した天蓋付きで置かれてある。  途中でコインロッカーからアキラのスーツケースを回収し、人気のない路地裏へと入っていく時点で、おかしいとは思ってた。  行き先を聞かなかった俺も俺だけど……。  なんでラブホなんかに連れて来られたんだっ! 「二人きりで話をするにはちょうどいいだろう?」 「そういう問題かよ……」  確かに入ってしまえば人の目を気にしなくてもいいし、防音設備も整ってるだろうけど。  そう言う場所だと思うとやっぱり落ち着かない。 「大丈夫、嫌がることはしない」 「アンタのその言葉が一番信用なんないって知ってるか?」 「ハ……渡瀬が、アキラセンセ抱いてほしい~♡って言うなら考えてやってもいいけど」 「なっ、言うわけないだろ! そんな事っ! ほんとアンタの頭ん中そればっかじゃん」  振り回されるのはもう嫌だと思いながら、こんなやり取りがやっぱり懐かしくて嬉しいと感じている俺がいる。  それはアキラも同じなのか、俺を見る目が慈しむような眼差しに変わった。  ベッドに腰掛け、どちらかともなく視線が絡んだ。 「また会えて嬉しいよ。ハ……渡瀬」 「……俺は、別にアンタとは会いたくなかったけどな」 「……」  アキラの顔が瞬時に強張る。明らかにショックを受けているような表情が何だか可笑しい。 「嘘だよ。俺も……会いたかった。色々と話したいことが沢山あったから」  言葉にすると、会えなかった日々のもどかしさが蘇ってくる。  あの時はショックが大きくてまともにアキラの話を聞くどころではなかったけど、今なら受け入れられるかもしれない。 「聞かせてよ。アンタの本当の気持ち……」  そっと手を握るとアキラはこくりと頷いた。

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