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3 使用人の来襲
お目付け役の話が出て十日ほどたって、俺はその話を忘れていた。話を聞いた当初は嫌な気分にもなったが、どうせ実家の誰もかれも忙しいのだから、向こうさんもすぐにそんなことは忘れるだろうと高をくくっていた。
「武田、話あるって寮の管理人から。帰り寄って」
朝から生徒会の用事で学校に出ていた。顔を出した担任がそう言い、なんだろうとは気にはなっていたけど、生徒会の用事が終わったのは夕方だった。寮の入り口を抜けるとき、ぎりぎり思い出す。
「菅原さん。話ってなんすか」
管理人室を訪ねるど、中から管理人が出てきた。愛想はよくないけど、技術者みたいで、大抵の寮の不具合はこの人に言えば直してくれる。
「お前の部屋に一人、入るから」
「はっ?」
俺は普通なら二人一部屋のところを生徒会特権で一人部屋をもらっている。そこに、もう一人ということは本来ならありえない。
「朝から、ベッド入れたり机入れたりで、たいへんだった。同室は、もう部屋にいる」
「えっ?」
俺が言葉にならない返事だけで呆然としている間に、管理人はどんどん話をすすめた。
「お前も家からお目付け役が送られてくるとは、大変だな。せっかく人里離れた寮で悠々自適に暮らしていたのに」
そこでお目付け役をつけるといったはなしを思い出した。本当に送ってきたのだ。しかも同じ部屋に指定して!
「別に部屋一緒じゃなくても。特権なくなるじゃん俺……」
「日頃のおこないが悪いからだろ」
わるくねーよ!と叫びたいけど、決まったものはしかたないし、管理人は何も悪くない。それどころか、迷惑がかかっている。
「親からの指定じゃしかたない。会社の関係とか、兄弟を同室にとかの指定はOKだからな。なんかかわいらしい男だったから、そいつで、我慢したら」
「我慢って」
ひどいいいぐさだが、いい加減、管理人もしんどいんだろう。俺は礼を言って、部屋に向かった。すごく嫌な予感がする。かわいらしい男だと言っていた。こんな寮に入れ込める同世代の家の人間なんて、思い付くのは一人だ。
俺の部屋は寮最上階。生徒会や特別クラスの一人部屋を貰っている生徒の階だ。
その一番奥に足を進めた。オートロックの鍵を開ける。
部屋には今日の朝にはなかった机があり、ベッドが二つ、ぴったりと並んでいる。わさわざ、ベッドをくっつけている。ここのベッドは二段にもできて、そういうのは、管理人にたのめば手伝ってくれる。策もつけず横並びでぴったりベッドがくっついている部屋の住人はできていると語っているのと同じだ。
「入らないのですか?」
その真ん中にオブジェのように正座して座っている男がいた。男はおかっぱのさらさらな髪を揺らした。切れ長の目にバサバサのまつげで、その下の目は眠たそうで大きな三白眼。小さい鼻に女のような艶の品のいい唇。太めの眉。すごくアンバランスな作りが整って配置されている。しばらく会わない間に大人っぽく、色っぽくなった。そう思うのは、この学校に毒されたからか。
俺は自分の部屋なのに緊張しながらとりあえず、かばんを机に置いた。
「お久ぶりです、源氏様」
記憶とは違う声がする。小さいころより少し低く腹で響くような声だ。
「薫、声変わりしたんだな」
「変でしょうか?」
「いや、いいよ。きれいな声だ」
言ってから、男にきれいだなんて失敗したと思う。これが今日、一夜の相手ならおかしくないけど、これは、薫だ。弟同然で一緒の家で育った男。
「なんつーか、大人になったな」
「まだ、子供ですよ」
にこりと静かに笑う顔はよく見た顔だった。
「同室になりました。家にいたころと同じように、使用人として使ってくださいませ。これからよろしくお願い致します」
薫はそう言ってベッドの上で頭を下げる。
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