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6 使用人の来襲
薫はあえなかった数年の話をした。主に、母屋の横にあるお手伝いさん専用の建物で過ごしで、その中でも執事の島津さんの話が多い。
薫はその島津の養子に幼い時に入っている。島津は、友人の子供を引き取ることを父に了承してもらったと話していた。それでも、家が家なので、みんな、ピリピリとしていた。俺たち兄弟は本当に四人だという証明はできない。薫はやはり父の愛人の子、お手伝いと父の子、といろいろな噂がたっていたが、結局は今までなにも音沙汰もなく使用人が住む離れで暮らし、幼いころからお手伝いとして、武田家に仕えている。
「島津さんとは連絡とってたから、それで、聞いてたんだけど、薫、地元の高校受けるって話じゃなかったっけ」
改めて自分の部屋を見る。ベッドのほかに薫の荷物はひとつの旅行鞄だけだ。それも小さいボストンで最低限の服のみなことが伺えた。
島津さんとの連絡で、その都度、薫の近況を聞いていた。高校は父の恩情で行かせてもらえそうで、成績によっては大学も考えてくれていると話していた。父は正当な出費にはうるさくはないから、その話を信じていた。
この学校の学費は高い。お金持ちの箔という分も上乗せてあるとも感じる額だ。使用人に行かせるには正当性はあるだろうか。
「薫もそう聞いてましたけど、ずっと家で使用人では自立ができないからと」
「それ誰が言ったんだ?」
「ご兄弟様のどなたかだとはお聞きしました。源氏様のお目付け役と言われましたが、薫を外に出すことも目的だったのだと思います」
薫をずっと家で雇わせるのには、全兄が反対している。薫の出自が不明の限り、いつどこで敵になるかはわからないからだ。父は、薫の処遇には関知しない。これは薫がどうというわけではなく、基本的に、進学について息子たちにも父は放任とも呼ぶが、自主性を重んじる。兄のだれかが、もしくはみんなで、俺を言い訳に薫をできるだけ外に出すために画策したというのはうなづける判断だ。
再び薫を見る。大きな目が精悍になって、やっぱりだいぶ大人になった。いつまでも子供だと思っていたのに、りりしい。うちの四人の兄弟は全員よく似ている。薫だけが違う顔でやっぱりうちの家系じゃないと思う。うちはみんな性格が悪いし、こんな無垢な目の遺伝子情報は持っていない。
「じゃあ、こっちではのびのびすごせばいい。あそこじゃ窮屈だったろうから」
「はい。ありがとうございます」
薫は丁寧に、お礼をいう。こんな感じじゃここでも窮屈だろう。少しづつ使用人と主君の態度が軟化していけばいい。兄貴たちはイレギュラーな薫を疎ましがっているが、年が近い俺は薫とよく遊んだ。
薫は家を出るだろう。そこが縁の切れ目になるのはさみしい。遺伝子が違っても、本当の兄弟より薫は兄弟だから。
「どうかしましたか?」
不意に薫が近づいてくる。薫は俺に対して距離が近い。握手するよりも近いぐらいの距離まで詰められた。そうだ、それで、俺はこのさらさらの髪を撫でまわして、首を撫でるようにくすぐって、それに嬉しそうに薫が顔をほころばせる。それがいつもの暗黙の了解。
伸ばしそうになる手を慌ててひっこめた。
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