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3 学校はじまる

 掃除も洗濯も薫がしてくれている。そんなのいいって言ったけど、性分だそうだ。料理だけは二人でしようと言ったので並んでつくる。炊事には今まで立なかったそうで、包丁が危なっかしい。ゆっくりとニンジンを切っているので、横で卵焼きを作る。今日は卵焼き、焼き魚、肉じゃがと純和食だ。俺が玉子焼に添える大根をすりおえたところで、薫はニンジンをやっと切り終えて、ジャガイモの皮を向いている。ピーラーを買っとけばよかった。 「薫、じゃがいもの芽は先じゃなくて、柄に近い方で」 ジャガイモを手に取って芽をとる。 「すみません。ありがとうございます」  薫は丁寧にあいさつをした。  ここは家じゃないのだから、もうすこし、気楽でいてほしいのに、薫からしたら、ここに入れられたのも仕事のうちで、武田には育ててもらった恩とか、義理なんかはあるかもしれないが、ここには俺しかいないのだ。羽を伸ばせばいいのに。  いもはあと二つ転がっている。一生懸命、芽をとる薫の腕が目に入った。長袖の下にガーゼを張っている。 「どうした?」  俺の視線を追って、薫もガーゼを確認した。 「体育の授業で転んでしまって」 「大丈夫か? ケガしてるならいってくれたらよかったのに」 「心配してくれなくても、これぐらい大丈夫です」 隠すように腕をひっこめた。 「血とかでてたら、料理に入ると、よくないだろ」  薫の気にするなという態度に、ついつっけどんな態度になってしまった。 「すみません、打ち身なので、その点も大丈夫です。きちんと、説明しなくて、申し訳ありませんでした」  薫はいったんジャガイモと包丁を置いた。俺の方に向き直り、頭を下げる。 「違う、そうじゃないんだ」  薫が顔をあげて俺を見る。薫が来てから数日、こういうことが続いていた。家にいたときは気にならなかったのに。丁寧にされると、かえってさみしくて遠い。 「すみません」  俺の沈黙に薫がもう一度謝った。そうするしか、この子には選択権がない。 「ごめん。かっとなった。ただ、心配だっただけなのに、いらないことを言った」  俺がいない間も薫は武田家で勤め続けた。兄たちは薫に冷たい。父は無関心だ。その武田家の俺である薫が俺に対して、几帳面に挨拶するのは当たり前のこと。俺は兄たちと違うけど、薫からしたら、俺は立派な武田でそれがさみしい。 「こっちこそごめん」  打ち身なら本当にこけたのかもしれない。  やっとジャガイモを切り終えた薫に次の指示をした。  ごはんは全部おいしくできた。食べ終わると薫が言いつけを守りシャワーに行った。もともと一人なら特権であるこの階の風呂にはいくつもりはないと薫は話した。だけど、彼はきっと俺の意をくんで、一階の大浴場にも行かないだろう。過保護だ。そういうのが薫との距離をつくっているのかもしれない。ただ、やっぱり、人がいる風呂には入ってもらいたくない。 「うまくいかねぇな」  もっと、言葉にして、伝えなくてはとは思っているのだけど、うまく伝わるか不安だ。もうちょっとフランクに、普通の友達までいかなくても、先輩後輩のような、冗談をいいあえるようなそんな関係に、といったところで、わからない、それはできないと言われる可能性の方が高い。ずっと使用人で育てられ、しかも根がまじめだ。薫にとってその価値観をまげる意味も必要もない。ただの俺のわがままで、甘えだ。  もっと、使用人とその主人の壁を越えたい。仲良くなりたい。薫はそんなことをおもったりしないのだろうか。彼にとっておれはどうしようもなく武田家の一員で、それ以上の関係を望んだりはしないのだろうか。

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