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4 学校はじまる
「ただいま薫」
「おかえりなさいませ、源氏様」
薫はにっこりとわらって、洗濯物かごをつかんだ。いまからコインランドリーに行くみたいだ。
「洗濯たまってるか? まだいいだろ。家事は俺もするし、もっとゆっくりしな」
洗濯なんか、俺一人の時は週に1、2回しか回さなかった。そんなずぼらだから薫は世話を焼いてしまうのだろうか。
「いいえ、僕の好きでやってるのですから」
薫が言うのだからそうなのだろうと思いたい。昔から、よくも悪くも主人第一で、彼の思いはいつも測り兼ねる。
今日は用事もなく、まだ早い時間に帰ってこれた。高校生って何してるんだろうか。遊びに行ったり、買い食いしたり? こんな山の中じゃ難しいけど、みんなは何してるのか。
「そういえば薫、朝市って行ったことある?」
「ないです」
「なら行かない? いろいろ売ってるし遊べるからさ。やっぱ高校生は遊ばないと」
自分が生徒会ばかりで少し棚上げだけど。
「では、行きます」
朝市とは学校に併設してる施設で、スーパーのほかに、電気屋やホームセンター、ジム、バッティングセンター、ボーリングなどの、娯楽施設も入っている。
「久しぶりに来たわ」
とりあえず遊ぶ系の施設がある階に移動する。薫はきょろきょろと周りを見ている。完全におのぼりさん状態だ。こういう大きな施設というものに来たことがないのかもしれない。
「薫、したいことある?」
「えっと」
薫はあからさまに困っている。それは予想できた。友達をつくらず、基本的に家と学校の往復で娯楽を知る機会がなかったはずだ。
「ちょっとぶらぶらしようか。ボーリング場も、バッテイングセンターとかも行ったことないよな」
よくよく考えて、俺もそういう娯楽施設に行ったのは中学に入ってから友達とが初めてだった。中学生になるまではいろいろ厳しかったから、寮に入ってからは好き放題にあそんだ。
「やってみたら、なんでも楽しいと思うけど。薫って、暇なとき、何してたの?」
「本を読んだり、パズルをしたりです。あとは他の使用人の方とお話したり、みなさん、とてもかまってくれたので」
素直でかわいい子供だからさぞ、かわいがってもらったんだろう。親はなく、いじめっ子が本家にいようとも、使用人の離れに帰ればたくさんのお姉さんとおじさんにかわいがってもらえた。ひねくれずに育ったのは島津さん率いる使用人たちのおかげだ。
「でも、一番楽しかったのは、源氏様といるときでした」
「えっ」
「何をしていたわけでもないですが、不思議と源氏様がそばで楽しそうにしてると僕も楽しかったんです。島津様から、源氏様と遊ぶのが僕の仕事だと言われていましたが、僕にとって、とてもとても楽しみな仕事でした」
「俺も、薫と一緒にいるときが一番楽しかったよ」
小さい頃は庭でよく一緒に遊んでいた。幼い頃の薫の仕事は庭の掃除だった。
俺の相手というのが、薫の仕事というのは初めて聞いた。それでも、彼にとっては俺と遊ぶことが仕事でも、それが楽しいのは、使用人としてじゃなくて、薫本人の感情だ。
「遊ぼう、薫。もっと一緒に遊ぼう」
薫との関係をもっと向き合わないといけない。一番に考えないといけないのは、薫はそう遠くない未来、武田家から出ていくということだ。その時、使用人という関係も終わる。そこで関係を終わらせたくないなら、友人にならないと。一緒に遊ぶのは、使用人と主人の立場を離れやすいことは身に染みて知っている。一緒に遊ぶのが楽しかった。薫ともっとちゃんと遊びたかった。それは本心で、薫もそう思ってくれている。
薫は小さい子供みたいな目を向ける。ぐりぐりの目だけがとても幼い。
「はい」
いつもの丁寧な「はい」じゃなくて心なしか薫の声が上ずっているような気がした。
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