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9 使用人の来襲

 風呂から帰ってきた薫は首を傾げて 「えっと、一緒に寝ますか?」 と、おれのまえに正座した。 「いや、まぁ、べッドが並んでるからそうなるけど」 「そうですね」 「なんで、ベッド二段にしなかったの?」 「その、二段だとどちらに、源氏様を寝かせても、失礼になる気がしまして……」 「あぁ、別に気にしないよ」  横並びのベッドにたいした理由はなかった。 「二段にした方がよかったですか?」 「いや、このままでいいよ」  薫は寝まきを着ている。ボタンで留めるタイプのパジャマは誰がそれを買ってきたのかシルク製にでてらてらとしていた。 「おれ、もうちょっと後で寝るから、先に寝ていいよ?」 「はい」  薫は小さく礼をして、ベッドに入った。 それを見とどけて、もって帰ってきた生徒会の資料を眺める。  長い一日だった。明日が入学式なので、祝辞を見直す。もう覚えているのだけど、ベッドに入るのはもうちょっと後にしたい。  いくらか時間がたったので、寝ることにした。夜更かしは明日のためにもできない。  薫のいる方とは反対向きに寝る。寝入りそうになった時、物音が聞こえた。寝がえりだろうか、なんにせよ過敏になりすぎている。  一呼吸置いた時、布団の上から、触られた。 「どうした?」 意味が分からないけど、優しく声をかけた。急にこんな山奥の高校に入れられてホームシックになった可能性はなくはない。 「源氏様」 囁くこえは聞き覚えのない声だけど、面影があった。 「どうした」 おれは面影を追って、声をかける。できるだけ優しく、彼の絶対的な味方であると意識して。 薫の手が離れた。 「僕が来て迷惑じゃなかったですか」  ゆっくりと振り向いた。薫は俺をじっと見てる。 「迷惑じゃない。全然、そんなことない」 薫の大きな目を前にしたら、この子になんでもしたいと思う。 「会えてうれしかった。ずっと帰らなくてごめんな」 「そんな。僕も、会えてうれしいです。すみません、寝ます」  今度は薫の方が俺に背を向けた。  寂しかったのだろうか。薫は立場こそ養子で使用人だったけど、離れにはたくさんの大人がいて、そのみんなにかわいがられていた。親代わりの島津さんもいい人だ。だからか、不遇の環境でも、こんなにいい子に育ってくれた。それでも、俺と会えなくて、さみしいと思ってくれていたのだろうか。  俺にとっての家はあまりいい環境じゃなかった。だから、学校も寮のありきで選んで中学の半ばから寮に入り、家には帰ってない。不在気味の父に、母もおらず、兄弟も仲が悪い中で、唯一の身内だと思っていたのは薫だけだ。たったひとりの家族。  やましい気持ちは今度こそ、捨てよう。

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