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1 お手伝い?
薫の帰りが遅い。いつもいつもまっすぐ帰ってくるものだから――それはそれでどうかとは思ってはいるけども、なんの連絡もなく遅いのは心配だ。
ラチられてたりしないだろうか。薫は、武田家の使用人だ。武田家を敵に回して度が過ぎることをしでかす輩はいないと思いたい。
手持ちぶさたに今日作る予定だったシチューのレシピをネットで検索をかける。
「帰りました」
扉が開いた。ワンルームなので薫の姿はすぐに見える。
「おそかったな」
「すみません。少し、その」
何かをいいよどんだ薫は俺をちらりと伺い見た。
「別に、遅いのはいいよ。好きな時間をすごしてくれていい。ただいつも早いから心配しただけで。遅くなる時は携帯に連絡を入れてもらえると、助かる」
それぐらいの事は普段の薫なら言わずともするだろう。
「何かあったか?」
「いえ、その、階段から、落ちてしまい、携帯を壊してしまって」
「階段から落ちた?」
すみません、と薫は謝った。
「なんで、けがは?」
「大したことではないんですが、少し足を打ったみたいで、もう、保健室によって処置をしてもらったので大丈夫ですが」
薫はゆっくりと歩いてるけど、痛いのか右足をかばっている。
「なんで、階段なんて」
薫は器用でもないが、動作はゆっくりしてるので、あまりけがなどはしない。
「誰かに落とされた?」
そうとしか考えられない。そんな暴力沙汰に出るやつがいたとは。
「いえ、躓いたんです」
薫はそうしっかり答えた。
「ちょっとした打ち身で、たいしことないんです。お気になさらないでください。今日はシチューでしたよね」
悠長に薫は答えた。室内着を取って、ブレザーをかける。
「些細じゃない。そんな階段から落ちるなんて、嘘だろ」
薫は違います、とはっきり言った。
「本当に?」
「はい」
嘘だと思った。薫は嘘をつく。昔からそうだ。小さい頃、兄たちが薫をよくいじめていた。雪の降る寒い日に靴をうばって、木の高いところにかけられていたときは、両足とも真っ赤なしもやけになっていた。それを痛くないと薫は言った。なぜそんなしもやけになったのかも言わなかった。
徹底的に人にされたことは言わない。黙って耐える。それが彼の処世術なのだろうけど。
「嘘だ。ここは家じゃないから、悪い人の事はちゃんと悪いって言わないと、他の被害者が増える」
「はい」
「それに傷つくよ、俺のせいなんだろ。おれに助けさせてよ」
落としたやつを懲らしめないといけない。立派な犯罪だ。ここらでしっかりと制裁して、見せしめをつくるのもありかと、思いを巡らせるあたり、俺もやはり、自分の利しか追わない武田家の人間なんだろう。
「大丈夫です」
薫は大きな目で俺を見る。絶対に話さないとその眼で分かる。女性的でもある見た目なのに、耐えることしか知らないのに、目だけは強い。
「武田さまが出てくるほどのことではありません」
「出てくるとか、そんなおおげさなことじゃないよ。心配じゃん。お前は俺からしたたったひとりの信頼できる家族だよ。しんぱいさせてよ」
「たったひとりの家族……」
「うん、そう」
薫の目がゆらぐ。なんだろうか。今までにも俺はそういう態度で接してきたと思うし、口に出したこともあるはずなのに、薫は動揺している。
「ごめんなさい」
薫は頭を下げた。
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