17 / 33
2 お手伝い?
「源氏様。あなた様も僕にとってたったひとりの大切な人なのです。しんぱいさせたくありませんでした。ごめんなさい。僕のことももう信頼できませんか。」
大きな目がこちらに向いた。キラキラと俺を見る。いつも光っているこの目は純粋にいつだって俺の目から網膜から脳までぶっ射す。
「信頼はしてる。ただ、心配なんだ」
「大丈夫です」
薫の大丈夫はいつも聞いてきた。彼の大丈夫はただ耐えて自分の痛みを見ないふりしてるだけだ。
「薫の大丈夫は、大丈夫じゃない。よく考えて、大丈夫って言わないとだめだ。ここが危険なら、家に帰ってもらうことも考える。兄さんには俺からたのむから」
さみしいと、感じた。最初は一人部屋なのにとか、緊張するとかも思っていたはずなのに、そんなのはすぐになくなっていた。それでもここにいてけがをされるのは困る。
「そんな、それは」
薫はひどく狼狽した。
「嫌なのか? 誰かやっかいなやつがいる?」
さすがにもう兄たちも薫をいじめることはないと思っていたのだけど。今は兄たち全員、家を空けがちなはずだ。
「そんなことはありません。みなさんあまり家にはおられませんし、島津様もお優しいです」
そこですっと薫は言葉をひいた。なぜだろうか、男にしては肉感的な唇に目が行く。
「……源治さまと離れるのは寂しいです」
「えっ、あっ、ありがとう」
いえ、とつぶやく薫の首が赤いけど、おれのテンパり様の方がひどい。
薫はこんなキャラだっだろうか。
「あの、源氏様、本当に、このケガの件は大丈夫なのです」
しばらく言いよどんだかとおもうと、目を床にさまよわせながら薫は話した。
「今日、一年生の源氏様の親衛隊の方とお話をしました。その方は、その、巡回を楽しみにしていたそうです」
自分の顔がひきつった。口の端が糸でぐいぐいと引っ張られる。そんな俺をよそに薫は話し続ける。
「その方に武田の家の方針で僕が派遣され、そういうことはできないと説明しましたが、理解してもらえませんでした。ですけど、僕が小さいころからの使用人だとはわかっていただけたので、このケガは、その方がじゃあ、こっそりと誘惑するからと走り去られてしまって、止めようと追いかけたら、躓いて階段から落ちたのです」
完全に自分の過去の行いが招いた過失だった。さっきまで、心配とかどの口が言ったのか。自分の愚かさに心臓が痛い。
「話しを聞きつけた親衛隊の児玉さんが、事情をしり、その方の説得したようです。使用人に言ったところでどうしようもないし、八つ当たりでけがをさせるようなことがあったら、だれも得しないと。その方はむしろ、児玉さんに感銘を受けたようでした。この件はなので、本当に、大丈夫です。心配をおかけしてすみません。ありがとうございます」
「いや、おれのほうこそ、ごめん」
一応謝れたけど、体中が冷や汗を吹いている。薫が巡回の制度を知らないまでも遊んでいることは知っていると知っている。なにせその名目で送られてきたのだから。それでも目の前にして話されるのは胃がきりきりとする。別に恋人でもないのに。
「今日は、シチューでしたね」
薫は立ち上がった。Yシャツを脱ぐ。
「足、痛いんだろ。今日は俺が作るから、座っときな」
「すみませんが、そうさせていただきます」
「着替え手伝おうか」
脱いだYシャツを薫は掛けた。ランニングシャツ姿はそういえば初めて見た。薫は俺より早く帰り、早く起き、風呂も別時間なので、初日の風呂以外で薫の着替えも裸も見ていない。
「小さい頃みたいですね」
そうだ。薫が小さい頃はごっこ遊びのように着替えをお互いに手伝った。薫は俺の制服をおれは薫のエプロンを。
YシャツからYシャツへと意味のなさそうなー薫はそれしか持っていないー着替えをし、スラックスをぬぐ。右足に体重をかけると痛そうなので手で支えた。なんの変哲もない水色のトランクス、白い膝小僧。少年の膝小僧が特に美しいといった小説をそういえば読んだことがある。右足首がしっかり固定され痛々しい。
ベッドに腰掛けて薫はもたつきながら黒のチノパンをはく。白く細い足が黒く細身のパンツに収まっていくのがなぜか卑猥だ。
薫は俺とは目線を合わさず、ふと話し始めた。
「かわいらしい人でした。僕は、そういう名目で送られてきていますので、僕が見ている場では控えてほしいのですが、源氏様が、もし、欲求不満なら、見ないふりは出来ます」
いきなり投げられた爆弾だ。下手に動けなくて、俺は薫の収まれていく細い足を見ている。今まで、武田家の人形だったのに、こんなところで反抗心を発揮してくれなくていい。
「いや、大丈夫だから、本当に」
「それか、これは、きっと、親衛隊の人のルール違反になってしまいますが、僕は、源氏様のお手伝いです。源氏様のお手伝いなら、どんなことでも手伝いますから言ってください」
てつだうとは、どういう意味だ? 薫はなにを言っている?
「いまで、十分手伝ってもらってるから」
薫は、こんな、キャラだったろうか。冷汗がたれる。薫は弟同然の、家族なのだから。そう怒って否定するべきなのに。薫のいうお手伝いをわからないふりをする。
薫はすっと立ち上がり。股間部分のチャックを閉めた。清潔感のある服だ。あまり制服とは変わらない。私服買わないとなとか、できるだけ余計なことを考えた。
ともだちにシェアしよう!