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1 風呂場にて
「いってらっしゃいませ」
風呂には嵐士がいた。風呂で会うのは、ひさしぶりだ。他には誰もいない。
「会長じゃん。今日もいい体だね」
「そうかよ」
「風呂で会うのひさしぶりじゃない? 最近はどう?」
身体を流して風呂に入った。わざわざ離れて入ったのに、嵐士がちかよってくる。
「どうって」
「あの子とやった?」
「やってねぇ。そういうのじゃないって」
「またまた。だって、そのために送られてきた子なんでしょ。中性的で未発達で色っぽい感じでさ」
「うるせぇ」
「白くて細い少年だよ? あと一年もしたら味わえないよ? まぁ、あの少年は成長してもむさい男にはならなさそうだけど。それでも、あんな男が、自分の部屋にいるんでしょ。食わないでどうすんの」
記憶の底に封印していた薫の足が蘇った。ベッドに腰掛けたときにあらわになる膝小僧とまだ少し子供っぽさがある肉付きのふくらはぎ。
「別に俺は、ショタが好きな性癖はない」
「そりゃあ俺も、精通してない小学生とかは無理だよ。違うじゃん、もう高校生は精通してて、生殖機能はあって、オナニーとかしてるわけじゃん。立派にそういう対象でしょ。その中で自分より若い子が好きってはなしじゃん。おっさんとエッチしたいとは思わないだろ。あっ、俺は、別に、平井先生とかは全然ありだけど」
「聞いてねぇよ」
大きくため息を吐いた。オナニーとかいわないでほしい。もうだめだ、ふたしていた妄想があふれる。薫が自分がお手伝いする発言から、もう俺の中で薫はみだれまくっている。本人がいるところでは蓋を何十にもかけてるけど、ふとした瞬間に、あふれる。そのたびにだめだダメだと必死に蓋をするけど、蓋をするという時点でもう駄目なのだ。自分は薫をそういう目で見てしまうし、その妄想はえらく興奮する。薫の手伝う発言には何の気持ちもない、業務の延長戦に過ぎないのに。
薫はたぶんセックスの経験はない。たぶん人を好きになったこともない。ただの業務の延長戦として、そういうことも含まれるかもしれないということを兄の誰かに言われたのだろう。本当に趣味が悪い。兄たちは薫に対する嫌がらせと俺に対する嫌がらせをそうして同時に行ってるのだ。何も知らない薫に体を奉仕させることを示唆し、俺がずっと大切にしてる薫に、俺に対して提示させる。そうして、俺が薫に嫌悪感をもてば兄たちの思い通り、ここで俺が薫に手を出しても、兄たちのギフトをうけとることになる。どっちも最低だ。
ただそのなにも知らない薫に、いちから教え込むシチュエーションは最高にエロい。
「このまえ、やった男がすげぇフェラ好きで、耐久でしてもらったんだけど、なんか最後らへんちょっと感覚なくなって」
嵐士は俺が聞いていなくても聞いてもどっちでもいいのか、ゲスい下ネタトークを始めた。風呂に入る奴は限定されていてあけっぴろげな奴が多いからか、風呂はだいたい下ネタばかりしてる。ここでした話は絶対外でしないのは暗黙の了解としても、嵐士はとくにひどい。たいしてつかってないのにもう出ようと思った。ここにいるとだめになる。
腰を上げようと思ったら次にゲスいだろう体育科のエースが入ってきた。
「それ、二年一組のやつ?」
「そうそう」
「あいつまじでちんこ好きな。おれフェラされんのあんまり」
「えぇー。俺好きだけど。気持ちいいのもあるけど、かわいくない? ね?」
ね?とか聞かれても。確かに俺はこの前まで、一晩の恋を楽しんでいて、この下世話なトークにものりにのっていたけども、いまはそんな気分じゃない。
「俺出るから」
「つまんなーい。前はのりのりだったのに。会長はフェラ好き派? 別に派? ほらほらー」
もう本当にやめてほしい。帰ったら何も知らない薫が横に寝るのに、なんでそんなろこつな言葉を使ってくるのか。毎日毎日、必死になんにも考えないようにふたをしてるのに。薫は使用人で、弟で大切な家族で、俺には薫しかいないのに、その関係を絶対に壊したくない。薫に嫌われたくない。幻滅されたくない。薫にとって俺は絶対的な安心でありたい。
「というか、会長いま、かんがえてるでしょ、あの子で。フェラされるとこ、このまま帰るとずっと悶々としちゃうよ。ぶっちゃけようぜ。その方がすっきりするって。イラマ派? ぶっかけたい派?」
「フェラして、気持ち良すぎて無理って言われたい派」
早くこんな風呂を出ればよかった。だめだ。どんな理性があっても、だって男はサルだから。最低だと思いつつ、もう薫は裸で俺をあのでっかい目で見てる。裸は風呂で一回、それにさっき足をちらっと見ただけなのに、再現率は高い。口の中に突っ込んで見上げられるフェラもたいそうよきだけど、少しかわいそうだ。確かに薫が言うように、自分はされるよりしたい派だと最低な自覚をする。フェラして、ギンギンに立ってるのをせき止めながら、はやく出させてって涙目でせがまれる様。鼻血、出る。
「もう、今日。帰れない。最低だ」
こんな気持ちのまま帰れない。とりあえず、どっかで抜いて、もう薫が寝静まった頃に帰ろう。
「会長、男は最低な生き物だよ。でも、そんな最低でも、恋とか愛とか、そういうのつけたらなんかさらっといい話とかに隠されるから。会長さ、あの子のことほんとは好きなんでしょ」
「なんで」
「会長、コミュ力高い自信家だから、そんな妄想する相手なら、うまいこと食って、うまいこと関係もっていけるでしょ。別れるのも、別れてからの関係もうまくやれる、その自信があるから実行もできる」
「あんまりいい風な評価じゃないな」
「でも、円満にそうしてきたじゃん。でも、あの子にはそれができない。会長の自信をこえるぐらい、うまくいかなかった時が怖いから」
たしかに、嫌われるのは怖い。薫に嫌われるのは世界中の誰にきらわれるよりも怖い。
「違う。俺が押せばうまくいく。それが怖いんだ」
薫は俺の使用人だから、俺がしたいと言えば、実行される。薫の気持ちを押しつぶして、俺の言葉は薫を人形にする。
「うまくいくなら、とりあえずうまくいけばいいのに」
嵐士は納得いかない顔で言った。
薫は俺に好きという感情は持っていない。武田の家の使用人として言われたことをこなし生きてきた。すこし感情に乏しいところがある。このまま俺のそばにいてはずっとそのままになってしまう。薫の気持ちも全部おれが刷り込むことになる。
「俺は、薫が好きなんだ。だから、薫が俺を好きにならないなら、好きになりたくない」
ずっと、たぶん、好きなんだ。きっと。それこそ、俺の方が刷り込まされてるのかもしれない。
この立場のままだと、薫は俺を好きになってくれない。けど、使用人をやめて、薫が俺から離れない自信もない。薫は俺を男としてみるなんてこと、あるだろうか。
薫には幸せな家族を気づいてほしいとも思う。だから、俺は、兄弟になりたいんだ。
「恋愛とか、恋人じゃなくても、薫は特別だから、そういうんじゃないんだよ」
今日は、やっぱりどこかで時間を置いて帰ろう。あの子の寝顔になにも思わないように、やさしく頭を撫でれるように、そんな心持ちになるまで。
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