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1 さみしいお誘い
帰ってきてからも表向きは薫はいつも通りだった。それでも、鶴と話した事実はあり、まさか、鶴につくとは思えないけど。
「家事ばかりしてないで友達と遊んできていいんだからな」
「はい」
話しかけると上の空でここのところそういうこともあったけど、今日は一段となんというか、挙動不振だ。
夜になっていつも通り髪の毛を乾かす。なんだか、あまりリラックスしてないようで、髪の毛までとけとげしい気がしてくる。
「薫、俺に隠してることない?」
「薫は、」
なにかをいいかけて、口を紡ぐ。
「まぁ、なにか、相談して。俺は何があっても薫の味方だから」
「源氏様」
ふっと、薫が、俺のことを、だきしめる。ぎゅっと痛いぐらいに。
「薫は、やっぱり、襲っていただけませんか?」
「なに、急に」
薫の密着した場所、全部があったかい。シャンプーのいいにおいが鼻をくすぐる。
「鶴に何か言われたんだろ? あいつの言うことは気にしなくていい」
かなり動揺したけど、なんとか平静を装う。
「鶴様は自分はどんなに遊んでいたかを話されて、源氏様がどれだけ我慢をしてるかを話されました。僕はどうせどこぞの愛人の子供のくせに、男を誘うこともできない。源氏様もお前を邪魔だと思ってると」
薫の声は震えている。やはり鶴は薫にろくでもないことしか言わないが、それを信じ込む薫に俺はどんな風に見えているのか。自分の素行が悪かったことを何度目かの反省をした。
「そんなわけない」
「源氏様に邪魔と思われるのは何よりつらいのです」
俺が言い訳をする前に薫の手がそっと足に触れた。それがきわどい部分で短く息を吸ったことにすぐ後悔をする。
「お願いです。薫を安心させてください。そばに置いてください」
薄いパジャマ越しに足を触られる。首元に顔を寄せられた。はぁ、と薫の息が首筋を撫でる。
「ちょっ、まって、冗談じゃなくて、やばい」
絶対にこの状況で興奮するのはだめだ。サルでもヒドイ。なのに体は正直で薫を抱きしめそうになる。いままでした妄想が一瞬に頭をかき回す。
「薫、まって、」
「薫に淫らな事をしてください」
そんなエロいセリフ最低に最高だ。もうなにも我慢できなくて抱きしめてそのままくみしいた。薫は簡単に組み敷かれて、体を離して薫の顔を見た。
薫の目はキラキラと水分がたまっている。それは、欲情からじゃないと瞬時に分かった。薫は俺としたいわけじゃない。そういう意味で見ていない。
鶴にいらないことを言われてただ不安になっているだけだ。
体の熱が一気に下がって、薫から顔を背けることができた。
「や、やっぱり、薫には魅力がないですか」
薫の声は不安に震える。
「そんなことない。でも、合意というか、好きじゃないとだめなんだ」
「薫は、薫は、源氏様のこと好きです」
言われた好きに嘘はない。でもそうじゃないんだ。
俺は紛れもなく薫が好きだった。薫の体温を感じた時、全身が幸せで沸騰してなくなるかと思った。薫はそうじゃない。別に俺に抱かれたいわけじゃない。
「俺も好き。でも薫は、鶴に吹き込まれて、パニックになってるだけだ。こういうことは、ちゃんとお互い好きの気持ちを一緒にしてじゃないと気持ちよくなれない」
薫は瞳にためていた水分を一粒こぼした。
「頭を冷やしてきます」
すぐに目を抑えるとそのまま部屋を飛び出した。
いったい今の薫はなんだったのだろう。ため息をつく。体はほてっているけど、心は覚めている。薫の泣きそうな顔を見たとき自分は薫のことを好きで、薫が俺のことをそういう風に見てないとさまざまと見せつけられた気がした。
もう一度ため息をついた。なにを勘違いしているのか、そもそも兄弟でいようとしていたのだから、手を出さなくてよかった。
それにしても鶴はどんな魂胆があって、薫をああいう風に追い詰めているのかそのことをもうちょっと考えた方がいい。嫌がらせの意味もあるだろうし、色仕掛けで第一志望を落とそうとしているのだろうか。鶴の執拗な薫への態度はもうちょっと具体的な罠がある気がする。
ベッドを見るのがいやでわけもなく部屋をぐるぐるとあるきまわった。その時何か違和感がした。
薫は私物をほとんど持たない。机の上も学校で使うもの以外はない。いつもは横倒しにしてある教科書の横に自分が学校で使ったことがないような見覚えがない辞書があった。
「なんだこれ」
前からこんなものあっただろうか。今年の一年から辞書の見栄えが変わったのだろうか。
手に取って見てみるとそれはとても軽く見せかけの箱のようで背表紙にレンズがついていた。
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