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第一章・20話
ざわめく客席が、申し合わせたように静まり返った。
舞台に、ライトが灯ったのだ。
空は袖で、雅臣と握手をしていた。
「行ってくるね」
「ずっと、傍にいるよ」
眩しいライトの中へ、空は颯爽と出て行った。
静かになったはずの客席に、さざ波のようなざわめきが。
空が、楽譜を持っていないのだ。
譜めくりの人間がやってくる気配もない。
人々の困惑の中、空は鍵盤に軽く指を置いた。
デビューの記念すべき一曲目は、シューベルト『4つの即興曲 op. 90』だ。
薄暗く物悲しい旋律の多いこの曲は、雅臣と出会う前の僕を表している。
冷たく深い海底に横たわり、息苦しさに耐えていた頃の僕だ。
そして、ブラームス『ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調 Op. 5』。
これは、雅臣と出会った僕。
驚きと、喜びと。
劣等感と、思慕と。
いろんな感情が入り乱れ、くるくる変わる毎日だったっけ。
感情というものを、僕に取り戻させてくれた、雅臣。
ラストは、ベートーベン『ピアノソナタ第23番ヘ短調 作品57』
『熱情』という通称が有名な曲だ。
僕が愛した雅臣が、僕を愛してくれた。
彼への愛の激情を、ピアノで語ろう。
彼に、この曲を捧げよう。
空は、夢中でピアノを奏でていった。
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