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第二章・10話
休日、瑞は早起きをした。
日の光がさす明るいキッチンで、涼真のためにチェリーパイを作った。
パイ生地もカスタードクリームも、お手製だ。
市販のもので簡単に済ませる気には、なれなかった。
チェリーだけは季節的に手に入らないので、缶詰だが。
「武藤さん、美味しいって言ってくれるかな」
いい匂い。
オーブンから漂うパイの焼ける香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。
ああ、こんなに楽しくお菓子を作るのって、久しぶり。
「武藤さん……」
胸いっぱいに吸い込んだのは、何もパイの匂いだけじゃない。
いつの間にか、胸は涼真でいっぱいになっていた。
瑞は、ようやく恋を自覚した。
「美味い……」
涼真は、瑞の心のこもったチェリーパイを噛みしめた。
塩っぱくない。
怒りや悲しみに任せて作ったお菓子じゃない。
「今までで、一番おいしいよ。ありがとう」
「どういたしまして」
会話も、明るいものばかりだった。
新参者の困惑も、Ωの悲哀も無い、健全な話題。
早く、武藤さんとこういう話をすればよかった。
そうすれば、僕はもう少し余裕のある毎日が送れていただろうに。
そんな風に、瑞は考えていた。
そして、考えていることがもう一つ。
いや、実は早くそれを言いたくって仕方がないのだが。
言うには、少し勇気が必要だった。
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