55 / 93
第三章・14話
稀一はやはり、高級ホテルで豪華なディナーをプレゼントしてきた。
会話はテニスや映画の話題。
稀一がゼミで教授をやり込めた自慢話も、時折混じった。
蒼生は、いつものようにそれらを大人しく聞いていた。
いつもの蒼生を、演じていた。
食事が終わり、誘われるままホテルの部屋へ。
展望台のように大きなガラスの向こうには、月が昇っていた。
「月明かりの下だと、何だか素直になれるよな」
稀一は、あえてその言葉を口にした。
以前、蒼生に告白した時の言葉。
あの頃に戻って、やり直す気でいた。
「もう一度、付き合わないか。俺と」
そう来ると思った。
蒼生は、あまりに事が思い通りに運ぶので、おかしくなった。
「捨てた玩具が、惜しくなりましたか?」
挑むような蒼生の言葉に、稀一は少々面食らった。
「よりを戻してもいいけど、条件があります」
「何だか今夜は、蒼生らしくないな」
そうですか?
蒼生は、飄々と言ってのけた。
「これが、僕です。椿 蒼生と言う人間ですよ。それでも良ければ、またお付き合いしましょう」
「……条件、とは?」
従順なΩとばかり思っていた蒼生が、まるで高潔なαのように揺らしてくる。
稀一は、そんな姿に興味を持った。
一層、蒼生のことをまた欲しくなった。
ともだちにシェアしよう!