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名刺を捨てる?

 ヴァンパイアは半死人と呼ばれている。半分、死んでいると言われているのだ。感情表現が希薄で辛気臭いのも頷けるが、腹を抱えての大爆笑を見せた男に限れば、残りの半分、つまり人間的な部分が生きていると言えそうだった。今も男は、ヤヘヱには釘を刺したと思っているようで、腕時計と言い合うアスカを見詰め、ハンサムな顔を明るく綻ばせている。  ヤヘヱの名前を呼んだ時にも、男が肩先へと視線を向けることはなかった。何気なくアスカの顔を眺めていた。〝クソっ〟と言ったくらいだ。この顔への興味で、男がそうしていたとはアスカには思えない。笑いに細める瞳にあるものは、その力強い手のひらで転がすアスカとヤヘヱの騒々しい姿なのだろう。  男はアスカを信頼し、家族の一員としてのヤヘヱを名刺に宿らせ、残した。アスカから見れば、男に試されたようなものだった。ヤヘヱもろとも名刺を捨てることも出来たが、アスカがそうしない方に、男は賭けたのだ。

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