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怪我をする?
「なんの真似だ!」
アスカは叫ぶと同時に手足をばたつかせた。暴れるにしては可愛らしいものだが、ロングドレスとマントが邪魔で、思うように動けなかった。
「ああ、クソ」
女の衣装の不自由さを実感したせいか、アスカの頭に、人生の終了を告知した記憶が再生される。男の両腕に抱きかかえられ、弱々しい女のように甘えた仕草でイヤイヤをした。未経験な体に合わせたように、男を大人びた少年にし、夢精ギリギリの稚拙な夢に興奮した。なかったふりをしようにも直近過ぎて無理がある。アスカの自尊心はズタボロだが、負け惜しみとわかった上で叫び続けた。
「さっさと降ろせよ!」
「少し落ち着いたらどうだ、怪我をするぞ」
クソマジにヤバい響きに笑いはない。男はヴァンパイアらしい無表情さで、静かに答えていた。夢心地なあいだのアスカの醜態も、男にとっては大したことではないようだ。感情を思わせるほんの微かな揺らめきさえ、浮かばせることはなかった。
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