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触れんばかりに?
「むうっ」
アスカは今までとは違う思いで、腹立たしげに唸った。無理を承知でいつかはと、大望を抱く男としての嫉妬から出たものだ。男に聞かれても構わなかったが、癪なことに、男は大仰に身を翻し、聞こえないふりをして歩き出していた。
「おい!」
男は付いて来るのが当然という態度で歩いて行く。アスカが呼び掛けても、振り向こうともしない。別荘に沿って整備された道路へ出ようと歩き続けている。
「待てよ!」
アスカは小走りで男に追い付いた。途中、ちらりと別荘を見遣ったのは、尖塔が気になったからだ。暗闇にぼうっとそそり立つ姿は牢獄を思わせた。というより、独善的な欲望で閉じ込めるには打って付けな監禁場所に思えてならない。
「中世……か?」
時代錯誤な絵が浮かび、アスカはぞっとした。死者と出くわすのとは違う恐怖に、ぶるっとする。ここはモンスターの家だ。聖霊達の気配もない。代わりに男がいる。アスカは男に触れんばかりに近付いた。
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