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捨て置け?
「えっ?吸わない?」
アスカにはそう聞こえたが、聞き違えたようにも思う。ヴァンパイアが人の生き血を吸わずに生きながらえはしない。糧の存在意義まで否定することになる。ヤヘヱは何か別の思惑があって言ったのかもしれない。それを聞こうと視線を下げたが、腕時計に絡み付いていたはずの仄かな光を目にすることは出来なかった。ヤヘヱは今もってアスカのことを怖がっている。アスカの視線を感じた途端、ピュッと素早く、またも煌めき一つ残さずに腕時計に潜り込んでしまった。
「クソっ」
アスカは首筋に当てていた手を離し、その手で男の手首を掴んだ。腕時計に隠れるヤヘヱを透かし見ようと、目の高さまで引き上げ、忌々しげに言う。
「次は逃がしゃしねぇからな」
「ヤヘヱと遣り合うは……」
クソマジにヤバい響きが、アスカの耳にふわりと流れた。
「詮無いことぞ」
はっとしたアスカを宥めようというのか、男は声音を心持ち強めて言葉を繋げる。
「捨て置け」
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