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胸の痛み?

「ふっ……」  アスカの安心安全な男が、アソコも喜ぶヤバい背中を微かに震わせ、短く笑った。男は占いの小部屋でもこうした憎らしい笑いを見せていた。鼻で笑われようが無表情で対峙されるより増しと思ったものだが、今はあの時にはなかった楽しい企みがある。それには男に精霊達をアホと素直に思わせなくてはならない。 「な?」  アスカは弾む調子で男に声を掛けた。胸に痛みを感じたが、諦めが悪い自分の拙い夢と思って続けた。 「だろ?」  胸の痛みが何かはわかっている。時間の流れが異なる男に本気になったところで実りはない。応接室に居座る二人のように変異したいのなら話も変わるが、皺くちゃ爺さんになって精霊達に看取られながら人生を終えるつもりのアスカには無理なことだ。男とは、からかい合って楽しむくらいが丁度いい。アスカは改めてそこに気付いた。 〝だ……め〟  不意に声がした。胸の痛みに重なるように響いたその声は、細く柔らかで儚げだった。

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