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ドアがない?
余りに遠く離れていては、死者の声もヴァンパイアには響かない。『霊媒』の能力が過敏に反応しただけと、アスカは思った。男の背中も変わりない。ヌシに余計な話を聞かせた精霊達への苛立ちを語り続けている。
男が気持ちをヌシに向けているうちは、アスカの楽しい企みには気付けない。死者に入り込まれたのを教え、男を無駄に警戒させては元も子もない。アスカは男の背中を眺め、そう思うことで不甲斐ない自分を慰めた。その時だ。男が何の前触れもなく立ち止まった。
「お……っ」
アスカはロングドレスに足を取られ、男の背中に倒れ込んだ。肩に顎をぶつけたが、屈強な背中には支えられた。
「ったく……」
一声掛けろと怒鳴りそうになったが、ぐっと飲み込んだ。応接室に着いていた。男はそれを知らせようとして、廊下と繋がる広々した部屋の入り口に立ったのだ。とするのなら、アスカも男の肩先から首を伸ばし、ドアがないその部屋を興味津々に見遣るしかない。
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