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あの時?
ヌシは笑うことで、応接室の入り口に立つ男を出迎えてもいる。精霊達の〝ウフフクフフ〟に合わせたのは、男の肩先から顔を覗かせるアスカを歓迎してのことだ。そのわざとらしさがアスカには付け足しとしか思えなかった。ヌシは少年らしい爽やかな笑いを大人びたあでやかな微笑みに変えて、同時に視線もふわりと動かし、男だけを見詰めている。
「あれが……素か?」
アスカは胸のうちで呟いた。ヌシの微笑みには誘惑の匂いがする。気のせいとしても、男がヌシのお気に入りなのは疑いようがない。それなのに男はヌシから守ると言ってアスカを糧にした。
「なんか変じゃね?」
ヴァンパイアの序列は厳しい。アスカも男が占いの小部屋に嫌々来ていたのには気付いていた。男の中で何かが変わったとすれば、アスカの顔に〝クソっ〟と言ったあの時だろう。アスカは女々しい顔を笑われたと腹を立てたが、男にはこう言い返されている。
〝己れの愚かしさを笑ったに過ぎない〟
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