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や……めろ?
「うぐっ……ぐぐっ」
アスカは〝離せ!クソ野郎!〟と怒鳴っていたが、呻き声にしかならなかった。男に首の後ろに腕を回され、顔もろとも勢いよく引き寄せられ、ご自慢だろう硬い胸に口を封じられたのだ。拳固を振るってみても無意味だった。じたばたしているようにしか見えない。わかっているが止められなかった。惨めなことに、それをヌシに笑われた。
「キイ、放してやって」
ヌシが機嫌を直している。男が逆らえないのを思い出したのだろう。楽しげな口調には有無を言わせない響きもあった。それなのに、男はアスカを放そうとはしなかった。アスカを胸に抱いたまま、ヌシには吐けない否定の言葉を返している。
「や……めろ」
歯の隙間から絞り出すような言い方だった。自分自身に言ったようでもあるが、男はヴァンパイアだ。感情のうねりに鼓動が早まり、肌に熱を持たせることはない。アスカが男の胸に鼓動を聞き、ぬくもりを感じることがあるはずもないのだ。
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