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ヌシに背中を?
「なっ……!」
アスカは男に掴まれた腕の痛みも忘れ、驚きに目を見張った。男は無表情ではなかった。ハンサムな顔をはっきりとわかる怒りに歪ませている。アスカを糧にしても、ヌシが仕掛けることに邪魔立ては出来ない。黙って見ているしかないのだが、頭越しに進められることへの苛立ちと憤りは抑えられないようだ。それでいて眼差しにはむせぶような切なさもある。銀白色を帯びた錫色の瞳が求めるものが魂に潜む昔の女とわかっていても、男のその欲望を凌ぐ情愛に、アスカの胸が熱く疼く。
「感情的になるな」
男がクソマジにヤバい響きで、そっと静かに言った。
「小雀どもはいない」
聖霊達のことをそう呼ぶのは知っていた。その精霊達をヌシが追い払った。アスカを無防備にする為にしたことだが、代わりに男が盾になっている。それをアスカに思い出させようとして言ったのだ。アスカと向き合う男は、ヌシに背中を向けている。声だけなら無表情と言えるだろう。
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