369 / 814

それなのに何故?

 アスカの他に誰もいない一本道に清爽とした風が吹く。風は森の木々が触れ合う葉音をアスカに聞かせる。葉音は精霊の囁きだ。その声音は粛然とし、言葉として聞き取れない。自然界の聖霊は優雅で奥ゆかしい。水の聖霊のようにアスカの生活と密に接する時を除いて、滅多に話さない。人間が作り出した物に宿る精霊達のようなかしましさはない。アスカへの気遣いも風に乗せて聞かせて来る。 「心配してんの?」  フードをふわりと揺らした風に応えて、アスカが囁き返すと、木々の葉音が強まった。風は楽しげだ。アスカの周りで円を描き、戯れにマントを軽く舞い上がらせ、中心街に近付くにつれて葉音と共に森の奥へと吹き戻る。 「てかさ」  自然界の聖霊の気遣いをどう捉えればいいのかが、アスカにはわからなかった。聖霊達のはしゃぎぶりを見ても、心配するようなことはないはずだ。それなのに何故と、『人間外種対策警備』のビルを前にして、アスカは思わされていた。

ともだちにシェアしよう!