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唯一の装飾?

「まぁな」  壁に向かって進んで行こうが、案内係のゆったりした足取りに迷いはない。壁に頭をぶつけるといった間抜けさを演じて、逞しさとのギャップで意表を突き、アスカを笑わせようという気もなさそうだ。ヤヘヱが指定した〝いつもの席〟は、密林じみた観葉植物に隠されているだけで、言葉通りに常に用意してある。そう思って、アスカは気楽に付いて行った。 「な、なんだ?」  ところが不意に視界に飛び込んで来たものが余りに意外で、続ける口調にも戸惑いが浮かぶ。 「こんなん、ありか?」  そこには数段の下り階段があった。階段の先には個室が設けてある。背もたれに格調高い文様が彫り込まれた椅子が二脚に、同様の文様に縁取られた一本足の丸テーブル、それ以外に何もない小ぶりな部屋だ。店内と同じカッティングガラスが高窓となって、室内に光を溢れさせているが、その光が部屋を彩る唯一の装飾であることも、自らの能力によってアスカにはわかっていた。

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