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癇に障る椅子?
「おいっ」
〝うむ〟
「やめろ」
〝うむ〟
これでは埒が明かない。アスカに何を言われようが、ヤヘヱは不安がなくなるまで、震えながらも〝うむ〟とすかさず繰り返す。感情的な怯えを知ったはぐれ者の卑屈さは凄まじく、自然界の精霊の支配下にある個室においては、惨めったらしい小動物と化している。威張りたがりのジジイでいたいだけかもしれないが、アスカの肩先に鎮座し、腐れ男やフジのように大切にされ、案内係が引いた椅子に賓客として座れるまで、反射的応答を続けるということだ。
「なめてんじゃねぇぞ」
〝うむ〟
口調を荒らげても同じだ。次に進むには見た目重視の格調高い椅子に座るしかない。
「ああ、クソっ」
〝うむ〟
アスカは観念したように癇に障る椅子を見遣った。視線の向こうには案内係がいる。椅子を引いた状態のまま、にこやかな顔付きにも動きがない。それがアスカには忌々しかった。完璧な無表情で微動だにしない腐れ男を思い出させたからだ。
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