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男の逆鱗に?

「へぇ……」  アスカは感心したように呟いた。アルバイト風の給仕の大層な説明にも、無表情を貫く男に代わって答えた訳ではなかった。男がカフェに来る理由が〝ただの水〟にあると知らされ、にやつきたがる顔を誤魔化そうとしたからだった。  ヴァンパイアは彼らを崇拝する糧によって美しさを保ち、その血の妙味に酔い痴れるが、そうした快楽は聖霊の精気で生きる男には無縁なものだ。ヤヘヱですら〝闇の瘴気〟で酔いを楽しむというのに、男は〝ただの水〟で喉を潤す程度の喜びだけで満たされる。笑える話だが、ここでそれを面白がったりすれば差し障りがあるのも確かなことだ。グラスを掴んで一気に飲み干した様子からして、今日ばかりはアスカを目当てに来たのがわかる。そうさせたアスカにも、男は憤っていた。 「……てかさ」  アスカは話題を変えようと、さり気なく続けた。どこぞの山奥に湧く名水であっても、つつき回せば男の逆鱗に触れるのは目に見えている。

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