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昔を今に?

「クソがっ」  男を咎めようにも、アスカには他に言葉が浮かばなかった。男の笑顔にやられたのだ。アソコの疼きがぴくりからビンビンとなる前に宥めなくてはならない。口癖の悪態はこうした時に大助かりだが、男に余裕を与えたようにも思えて、気持ち的には愉快とは言えないでいた。果然男の笑みにも変わりはなかった。 「笑うんじゃねぇ」  アスカが続けざまに声を荒らげようが、魅惑的に緩む男の口元はそのままだ。しかも男は官能的な声音を切なげにして、抱擁を思わせるぬくもりをも匂わせ、心のうちを聞かせようとする。 「昔を……」 「……昔?」  咄嗟に返したのは無意識な反応がさせたことだ。アスカには昔が何を意味するのかはわかっている。誰を思っての台詞なのかも承知している。それを男は敢えて口にすることで鮮明にしたのだった。 「ああ、昔を今に慕うたのよ」  優しい響きを伴わせた男の言い直しが、アスカの脳裏に時間と空間を超えた記憶を蘇らせていた。

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