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闇へと迷う?

〝殿は麗しゅう過ぎまする〟  時間と空間を超えた記憶の源は、アスカ自身の魂にある。それが脳裏に蘇った時、アスカに流れる時間は動きを止める。耳が捉えた細く柔らかな声に命はない。記憶の長短にかかわらず、声との交わりに時間は流れない。アスカは幻の空間でそれを聞く。 〝おなごのわたくしが霞むなど、哀れにござりましょう〟  プンプンと弾む声音の明るさにむすっとしようが、人間の目にはテーブルの向こうに座る男がさせたことに映る。とはいえ、カフェの個室は自然界の精霊の支配下にある特別室だ。人間の目を気にするだけ馬鹿を見る。  個室は精霊の夢を形にした部屋だ。男の雄々しくも艶やかな美を、思う存分に堪能する為にある。アスカの精霊達と似た嗜みだが、ルンルンしないところに非情な妖しさがあるとも言える。森に潜む闇を思えばわかることだ。精霊がもたらす光に溢れる個室は優しげでも、実際はひややかで薄暗い。許可なく踏み込めば闇へと迷う。

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