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ほう……?

「いや……し?」  そう聞き返され、アスカは瞬間的にはむかついた。眉間に皺まで寄せられては、かっとして怒鳴りそうにもなったが、頭にぱっと閃くものがあり、念押しへと言葉を換えて答えた。 「そっ、あんたのな」  素性の知れない男の恋人を意味する〝癒し〟は、〝代表にも癒しは必要〟というフジの台詞から取った仮称だ。それで男が不機嫌になろうが知ったことではなかったが、男を問い質す格好の材料にはなる。そこにアスカは気付いた。 「昨日の夜……」  言いながら椅子から立ち上がり、テーブルに手をつく。身を乗り出して男の鼻先へと顔を近付け、自信満々に悠々として話を続ける。 「あんたがバックレやがったあとによ、フジのクソが教えてくれたぜ、ヤヘヱのアホはさ、察しろとまで言いやがった、まっ、あんたに口止めされたっうし、どこのどいつと聞いても無駄だったがな」 「ほう……」  その一言を平坦に響かせても、男が胸に秘める激情は隠せていなかった。

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