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やれば出来んじゃん?

 言われた瞬間、男の台詞がアスカには嘘っぽく聞こえた。男はアスカの魂に潜む細く柔らかな声に心惹かれるのであって、アスカ自身に興味はない。男の台詞にしても、宥和的な同情からで、情愛的な配慮とはならないのだ。わかっているが瞬く間の変事に気持ちが高まり、気付くとアスカは歓喜の声を上げていた。 「うほほっっ」  男は緩やかな動きで空へと飛び上がり、聳え立つ山の頂上に向かって木々の上を枝から枝へと走り渡る。その男に片腕で子供のように抱きかかえられるのにはうんざりだが、頬をなぶる風は心地良く、眼下に望める秋の景色も色鮮やかで、アスカの気分は上向きまくる。 「いいんじゃね」  興奮気味に言ったせいか、男が胸を震わせて笑うのを尻の辺りに感じたが、気にしないで続けた。 「あんたもやれば出来んじゃん」  調子に乗ったアスカの嫌みにも、男は屈託なく笑う。ひとときの明るさを風に吹かせて、鬱蒼とした森の上空を楽しげに駆けて抜けて行く。

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