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頑固に違うと?

「クソがっ」  アスカは棺から目を逸らして悔しげに呟いた。そのあいだに男は巨樹の天辺から軽く飛ぶようにして下り立ち、片腕に抱きかかえていたアスカをするりと地面に降ろしていた。そして何も言わずに棺へと歩を進めていた。  華やかな街中では、男の黒を基調とした装いの力強い後ろ姿も優雅に見せるが、枝葉の隙間から差し込む光の微かな明るさのもとでは、どこかしら愁いに沈んだ様子を映し出す。棺に向かって歩いているのだ。寂寞として然るべきとは思っても、棺が男の〝癒し〟と知っては、アスカにすれば素直に受け入れられることではなかった。 「ふざけやがって」  本当のところ、地面に降ろされる前からアスカにはわかっていたことだ。強化ガラスの透明度は半端ない。鬱蒼とした森の仄明るい光でも棺に横たわる人の姿を見せ付ける。素直になれないのは、男に付いて歩くにつけ、様相がはっきりして行くとしても、頑固に違うと抗いたい思いの強さからだった。

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