581 / 814
掠れ声が響いて?
「クソっ」
アスカは怒りに任せてソファの裏側を拳で叩き、ついでに逞しくも上品な男の背中を殴り付け、男が怯んだのを見て、さっ体を離して意気揚々とその場に立った。実際には暴れまくった挙げ句にずり落ちていたのだが、気分的には男を怖がらせた末に悠然と立ち上がったと思っている。その上で、無言のままに玄関を指差した。男が困惑するとは驚きだが、アスカに女を重ねていたのなら、もっともなことには思えていた。
女は見るからに可憐で淑やかだった。強くありたい硬派なアスカとは大違いだ。男が戸惑うのも当然だろう。だからといって許した訳でもない。玄関を指差すアスカの手が下ろされることはないのだ。
「君は……」
男は咄嗟に口をつぐんだが、思いは隠せていなかった。銀白色を帯びた錫色の瞳に女を映し、求めている。そう理解した時、アスカの意識に少年らしい掠れ声が響いて来た。
〝そなたの……〟
そして一瞬の間に広がる過去に、時間が止まった。
ともだちにシェアしよう!