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一人取り残された?
〝あのもの?〟
人質とはいえ妻となった少女に恋人がいたとなれば、由々しき事態だ。アスカにすれば、僅かながらもにやりとしたくなる話だが、夫である少年はそうも行かない。寝所に押し入ったくらいだ。嫉妬もしたようで、問い返した少年の口調には憤怒を思わせる険しさがあった。しかし、その怒りが少女には伝わっていない。寝床に押さえ込まれたというのに怖がることなく、きつく抱き寄せられたことで知ったぬくもりに身を任せている。そして自らの身に起こった出来事を密やかに語り始めていた。
〝わたくしの母上も……〟
人質として父親のもとに嫁いだと、少女は語った。ところが数年して、少女の誕生間近に父親は母親の国に攻め入り、情け容赦もなく討ち滅ぼしてしまう。母親は慟哭の中で少女を出産し、父親の裏切りと悪辣さを恨みつつ息を引き取った。直前に父親を激しく罵ったこともあり、その死は顧みられず、一人取り残された少女にも孤独が強いられた。
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