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焦らない方が?
「ふふっ」
微かに響く男の笑い声にも悔しさが増す。アスカを怒らせたのが楽しくてたまらないといった変態的な喜びを匂わされては、それも当然だろう。
「ふんっ」
本当は殴ってやりたかった。微笑みと首振りだけで遣り込められたのだ。拳を突き出してこその平等と、アスカには思えた。完全玉砕になろうとも、拳という熱く有意義な語り掛けによって釣り合いも取れる。しかし、アスカは敢えて我慢した。依頼主の訪問を受け入れるしかないのでは、これ以上の会話に時間を割けない。拳と共に有意義に美しく散るのさえ惜しいと感じた。
男は客を迎えるのに完璧と言える装いだが、アスカは未だ起き抜けのままでいる。ダイニングルームで騒ぐ精霊達を気にして、取り敢えず起きてみたのだから仕方ないが、よれよれスウェットは自宅で寛ぐには最適でも、客と会うには不適切だ。顔も洗っていない。髪の毛もぼさぼさだ。さらにそこに空腹まで加わった。焦らない方がおかしい。
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