622 / 812
人知れず静かに?
「ったく」
アスカは腹ごしらえが先とキッチンに走った。途中、ふと気になって男を見遣ったが、放っておいても大丈夫と知る。男には精霊達が付いている。彼らはアスカと入れ代わるように、男が両脇に控えさせる小花柄のクッションに寄り集まり、遠慮なしに騒ぎ始めていたのだ。
〝あのね、あのね〟
〝そこそこ〟
〝ダメダメ〟
〝熱々じゃないの〟
〝けどね、けどね〟
彼らは好きに騒ぎ合って、男の気を引くのに余念がない。男が大型モニターに表示した株価チャートに集中していようが、ルンルンな調子で喋りまくる。そのかしましさがアスカの脳裏を刺激した。
「ヤ……」
すっかり忘れていた存在を思い出させる。
「……ヘヱ?」
男大事な側役の気配がない。そう思ったが、少し違った。男の洒落た上着の袖口に煌めきを見たからだ。ヤヘヱは人知れず静かに男の腕時計に戻っていた。喋り好きな威張りたがりも、かつての仲間達の前では、さすがにひっそり閑とするようだった。
ともだちにシェアしよう!