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やめ……っ?

「好きだから?許す?」  アスカは男に聞かれないよう喉の奥で小さく呟き、微かに首を傾げて続けて行く。 「惚れてんならさ、尚更よ、なめられちゃなんねぇし」  まさにこれが守るべき決まりと思い、鋭く細めた目の先できつく男を睨んでみせた。それがイケているのは、人間種社会にいた頃に既に証明されている。高校生活も終盤になると、相手がびびって喧嘩にもならない程だった。粋な男臭さで怖気付かせたのだと、今もアスカは固く信じている。  人生には大いなる勘違いに救われることがある。ムチ姫がしもべにとどまらず人気があったという実情も、知らずにいれば幸せだ。ただし思い込みによる影響には計り知れないものがある。アスカにしても次の瞬間、宙に浮かんだ自分に慌てふためくことになる。 「えぇ?」  アスカは山の頂上に運ばれた時と同じに、男にふわりと体を持ち上げられていた。睨みを利かせたはずが、これでは怒鳴るつもりも勢いをなくす。 「やめ……っ」

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