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微笑みを消して?

「っうのに……」  アスカは面白くなかった。今日の今日に依頼主が娘を連れて来ることに、腹は立ったが我慢した。熱く語り掛けるのに有意義な拳を引っ込め、さらには面会の準備にいそしんだ。そこが残念でならなかった。瞬間移動で巨樹の天辺に向かうとわかっていたのなら、よれよれスウェットだろうが気にしない。シャワーも浴びず、ぼさぼさな髪のままに、ゆっくりと食事を取っていた。そうした不満に、続ける言葉もきつく短いものになる。 「なんで?」  もちろん男に向けての問い掛けだったが、むかつくことに、これも先にヤヘヱに答えられてしまった。 〝ありぇ……りぇなりゅが……が〟  ところがここで不意にヤヘヱの口調がおかしくなった。ほろ酔い調子にへらへらと喋っていたのに、小心者らしい怯えを見せ始める。闇の瘴気に酔い痴れているのだから有り得ないのだが、男までもが微笑みを消して行くのを目にしては、否が応でもアスカも緊張せざるを得なかった。

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