638 / 811
家族向けセダンで?
「ったくよ」
瞬間移動には不満たらたらでも、巨樹の天辺へと運ばれたことで楽しめる男の美貌には、アスカも不平を言う気はない。絢爛豪華な美しさを堪能しながらの会話は、ヤヘヱの憎らしい口出しをも凌いで、最終的にはアスカを納得させていた。闇の領域に聳え立つ巨樹の天辺は、この目で直接確かめるには最強の安全地帯ということだ。
「ってもな」
アスカはそこで目にしたものに首を傾げてしまった。まさに今、別荘の前に黒光りする高級車が停止したのだが、その搭乗者が一週間の休みを知らずに来た占いの客でないのはわかっている。アスカの客はモンスターカフェの駐車場に車を留め置き、二十分程の僅かな道筋に神秘を夢想し、聖霊のアスカに寄せる情けに浴して、別荘までの一本道を歩いて来る。もちろん両親でもない。父親の仕事もあって、平日に来ることがまずないからだ。不意を打たれるにしても、普段通りに父親の愛車である家族向けセダンで遣って来る。
ともだちにシェアしよう!