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宿り移って?
「てか……」
悩むまでもない答えだが、やはりアスカは悩まされる。
「アレってさ、依頼主の車だろ?なら……」
巨樹の天辺が最強の場所だとしても、ずっと隠れている訳には行かないはずだ。そう男に向かって続けたが、ヤヘヱの異様な怯えに共通するひややかな無表情は完璧なままで、話し掛けたこと自体が間違いだったと思い知らされる。それでついアスカはむすっとして言った。
「ふざけやがって」
沈黙を貫く男が憎らしい。肝心なことが何も見えていないと言われたようで、気持ちも塞ぐ。こういう時にこそ、ヤヘヱのご登場を願いたいところだが、ほんのり赤い煌めきに悪酔いさながらの翳りを浮かばせられては、期待は出来ない。ヤヘヱは威張り腐った調子にへらへらと酔いに怪しく喋っていたが、その元気もなくしたようだ。アスカの悪態にもびくりとし、まさに酩酊状態でふらふらと、男に甘えるかのように腕時計から洒落た上着のポケットチーフへと宿り移っていた。
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