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娘を抱いて?

 それの五人が仕切り直すと決めたのも、闇の領域への恐怖からだろう。白く輝く薄靄のうちは入り込めないだけであって、そこに恐怖といった感情はなかった。黒影に変わった今、闇の無情さに恐れおののいたのは間違いない。死者にとって憑依する肉体は保護服のようなものだ。高度な能力を有する霊媒に対しては機能しないが、霊媒として無能なアスカには有効に作用する。空中に浮かんでいたそれの五人が少女のもとに戻って父親に泣き付いたのも、賢明な判断と言えなくはない。 「てか、あのオヤジ、キメぇんだけど」  娘がヴァンパイアコスにのめり込むのは憂えても、幼稚に泣きじゃくるのには喜んでいる。その娘に帰りたいと叫ばれていた。父親は曲がりなりにもモンスター居住区の完全開放反対派の支援者で、実情を思うのならモンスターとかかわらないに越したことはない。だからだろう。訳がわからず右往左往する所長を早々と見切り、娘を抱いて車に乗り込んでいた。

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