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独りで戦って?

「へぇ……」  所長が見せた一瞬の表情に、アスカは感心した。男がヴァンパイアに変異したあと、女を抱いて商家に向かった理由も、そこに表されている。女が生きていたとわかれば、逆臣を討つと名乗りを上げた者達が奪い合うのは目に見えている。絡まり合った幾つもの欲には、女を世話することで男に取って代わろうという過ぎた夢もあったのだ。そうした欲に、所長の先祖が惑わされることはなかった。綿々と続く血筋には、今なお、男の絶大な信頼があるということだ。 「あんたが天下を一番にしねぇから……」  所長の先祖に寄せた男の信頼を思うと、アスカにはどうしても馬鹿馬鹿しさしかない。謀叛も忠義も虚しい夢だ。だからこそ成就するには男が愛した女が邪魔だった。 「ちょいと活を入れられて?で、あの日、あんたは……」  その時、黒光りする高級車が来た道を戻って行く。アスカはそちらへと視線を流し、魂の記憶に沿って言葉を繋いだ。 「独りで戦ってたのな」

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