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さすがに不満が?

「となりゃ……」  かかわらないのが一番だ。それでも青年の安堵した顔に浮かぶ弱々しさに偽りはなく、唇の端に漂った邪気でさえ、見間違えたかのように思えて来る。何より『人間外種対策警備』の入り口に立たれていては、無視もしづらい。そこがアスカには悩めるところではあった。 「同類、だしな」  軽く挨拶をして遣り過ごすしかないようだと、そう考えてアスカは足を早めた。もちろんロングドレスの裾で蹴躓かない程度の小走りだが、それまでのゆったりした歩調と比べれば雲泥の相違にはなる。闇の瘴気が目当てで急き立てたヤヘヱを小躍りさせる速さという訳だ。 「おいっ」  それでアスカは脅すように声を掛けたが、ヤヘヱからの返事は皆無だった。小心者のくせに威張りたがりなヤヘヱに、かつての仲間の前で騒ぎ立てる度胸はない。腕時計の奥深くに逃げ込みもするだろう。もはや腹も立たないが、風が一緒になって姿を消したことには、さすがに不満がくすぶった。

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