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あるはずもない?
「うぅっ!」
アスカは瞬時に激怒し、怒鳴っていた。
「ぐっ!ぐぐっ!」
〝てめ!変態!〟と続けたはずも、意味不明な掠れ声にしかならないでいる。体の自由が利かないのでは、それも仕方ないことだろう。頭の後ろに手のひらを、もう片方を背中に感じては、肩のくぼみ辺りに顔を押し付けられた状態で抱き寄せられていることくらい、悩むまでもなくわかってしまう。ヴァンパイアならではのひんやりした抱擁でもあるのだから、間違えようがない。
「ぐぅぅぅっっ」
許し難さに唸ってみても無駄なことだ。それより何より、この抱擁が慣れ親しんだ感覚になり始めているのが益々もって腹立たしい。胸の奥深くに宿る女の記憶でしかないと思っても、ひんやりした抱擁に漂うぬくもりを無視することがアスカには出来ない。凍り付いた魂の鼓動の停止が原因の不死の体に抱かれているのだ。ぬくもりがあるはずもないのだが、その心地良さに浸りたくなるのを抑えられないでいた。
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