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卑小な逃げは?

「クソっ」  意識が戻った瞬間、現実のアスカにはフジへの苛立ちしかなかった。それでつい悪態を口にしてしまったが、声には出さないでいた。聞き耳を立てていたようなものであり、男に気付かせない程度の配慮に考え及びもする。こうした卑小な現実からの逃げが、知らないという最強の言い訳にも価値を与えてくれるのだ。 「っても……」  フジが自分の前世に関心があるとは思えないでいた。ヴァンパイアは相手の目を覗き込むことで魂が記憶する前世を知れるが、飽くまでも人間に対してのみ可能な能力でもある。しつこく男を問い詰めない限り、知れることはない。誠実で有能と評判な変態嗜好のフジが、そういった労力で時間を浪費するはずもない。男を父親と慕う熱情で変異し、アスカの天敵であるムチ姫のしもべになる程に、今を大切にして生きているのでもわかる。それでもひょんなことは起こるものだ。卑小な逃げは、アスカの保身の為にも必要と言えることだった。

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