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例のアレに?
遥か下を見遣ると、閑散とした通りが望めるだけだった。平日で観光客が少ない上に、この高さだ。騒ぐなと言った男がおかしいのであって、地上にいる者達に気付ける訳がない。霊媒である青年を憂慮してのことかもしれないが、人間の特殊能力はモンスターには無意味だ。つまり気にしてしかるべきは人狼一択となる。『人間外種対策警備』のガラス張りのビルの二階にちらちら映る砂粒のような影が、空に浮かぶ雲を見上げているように感じたのも、そこに理由があった。その部屋の奥に青年がいる。思い込みでしかないことだが、遥か下に望める静寂さがアスカにそう感じ取らせてならないでいた。
「……だな」
アスカは視線を上げた。男の銀白色を帯びた錫色の瞳を真っ直ぐに見詰め、今更のように指摘してやる。
「下さ、お開きって感じだぜ」
「そう?」
「ああ……」
だから俺達もここで別れようと続けるつもりが、言えずにいる。例のアレに急襲されたのだ。当然ではある。
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